さらしぼ日記

さらっと死亡

人生を豊かにする化学の話

電解質をご存知だろうか?詳しい説明は省くが、簡単に言うと、水に溶かすことでイオンになる物質である。例えば、食塩であるNaClは、通常ではNaClのままであるが、水に入れると溶ける。すなわち、Na+とCl-に電離するのである。

このことから、電解質を水に溶かすことで質量が2倍になることがわかるだろうか?NaClという1つの物質が水に溶けることによってNa+とCl-という2つの物質になり、結果的に元の食塩の2倍の食塩が完成するわけである。この手法を用いれば、実質食塩は無限生成出来ると言えるだろう。しかしながら、実際にはこの手法は有名ではないし、科学技術が進歩した今でも未だに実用化まで進んでいないのである。
他方、質量保存の法則に反していると考えた者も少なく無いと思うが、そこは安心して欲しい。例えばあなたが塩コショウを使った料理を作ろうと考えた時、あなたが塩を2倍にした時点でコショウは半分になっているので、ちゃんと質量は保存されている。世界はそうやって均衡が保たれている事を肝に銘じて欲しい。
実用化の話に戻るが、なぜ現代人は人工知能だの高性能デバイスなどのガラクタばかりに熱を注ぎ、塩の無限生成で優勝しようと思わないのか。まあその怒りも分からなくもないが、これには深い“ワケ”がある。というのも、先程の説明だと、NaClを水に溶かすと質量が2倍になるという手筈だったが、裏を返せば、水を無くしてNa+とCl-を取り出すとNaClが生成し、元の質量に戻ってしまうのである。そして、料理で電離によって生成した塩(以下、吉澤正明)を使ったとして、水はコンロの上では蒸発してしまうため、勝手にNaClに戻ってしまう。つまり、コショウは半分のままで、塩も半分の薄味の野菜炒めが完成してしまうのである。これは困った。実用化されないのも無理はない。だが私はここで、(おそらく世界初の)新提案をしたいと思う。それは、あらかじめ2倍に増やした吉澤正明を2倍入れておくのである。そうすれば、塩もコショウも最終的には元の量となり、美味しい牛スジの塩コショウ炒めが完成するわけである。どうだろうか。もし食品メーカーの関係者がこの記事を見ていたのであれば、是非とも実用化に踏み切って欲しいと思う。
一方で、電離の恐ろしさについても書いておこうと思う。まず一つに、“2段階電離”というものが存在する、という事である。例えば、H2SO4(硫酸)の場合、まずH+とHSO4-に電離し、次にHSO4-がH+とSO4^2-に電離するわけである。これをもとに考えると、NaClは一見Na+とCl-に電離したように見えるが、これはあくまで“1段階目”の電離なのである。2段階まで進むと、Na+がN+とaに電離するのだ。Nはご存知の通り窒素原子であるが、問題なのはaである。これは、未だに発見されていない物質、つまりダークマターなのである。どんな反応を示すのか、人の体にどんな影響を与えるのか、全く未知な物質なのである。故に、私たちがNaClを無限生成するには、それ相応のリスクを伴うということだ。CaCO3(炭酸カルシウム)も同じだ。これは卵の殻の成分でもあるが、2段階電離によって炭酸イオン以外にC(炭素)とa(ダークマター)が発生するため、卵の殻を無限生成するのは非常に危険な行為なのである。
この話を聞いて、やはり塩は怖いと思っただろうか?どんな感想を抱くのも個人の自由であるが、他方で人類は今まで、大量のリスクを負いつつここまで文明を発展させてきたのも事実である。もちろん犠牲はたくさんあった。容易に乗り越えられない壁だってあった。だが先人たちはこれを乗り越えてきたのだ。今我々現代人に求められているものは何だろうか。現状維持か?歴史の繰り返しか?いや違う。リスクを恐れず塩を無限生成すること、ただこれに尽きるのだ。
塩は自然の恵みであるが、同時に自然が我々に課した試練なのである。今こそ、その試練を共に乗り越え、美味しいきゅうりと酢豚の塩コショウ炒めを食べようではないか。この壁の先には、きっと美味しい未来が待っているはずである。